サムライの死 外道の戯言(ざれごと)

ノモンハン事件(1939)で日本軍と対戦したソ連極東軍戦車部隊司令官ジューコフの、スターリンへの報告です。

「日本軍兵士の間では規律がよく保たれ、兵士は真剣で頑強だった。彼らに降伏という言葉はなく、最後の一兵までよく戦った。…若い指揮官たちはよく訓練され、狂信的な頑張りをみせた。だが古参の下士官、年老いた高級将校は訓練不足で積極性が乏しく、紋切り型の行動しかできなかった」

これと同じことが、2011年に起こりました。

私は何も隠すことはありません。チェルノブイリの10倍です
「福島第1には、6基の原子炉があります。ひとつの原子炉が暴走を始めたら、もうこれを制御する人間が近づくことはできません。そのために次々と原子炉がやられて、当然、(10キロ南にある)福島第2原発にもいられなくなります。ここにも4基の原子炉がありますから、これもやられて10基の原子炉がすべて暴走を始めたでしょう」

『週刊現代』に載っている東京電力の吉田昌郎(まさお)元福島第一原発所長の言葉である。享年58。…
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吉田さんのインタビューをしたジャーナリストの門田隆将氏によれば、食道がんの手術をして抗がん剤治療を終えた吉田さんに会ったのは2012年の7月だったという。

184センチの長身でやや猫背気味の吉田さんの容貌は、ニュース映像とはまったく違っていた。だが、吉田さんは人なつっこい笑顔で「私は何も隠すことはありません」といい、
「チェルノブイリの10倍です」と続け、冒頭の言葉になる。門田氏はこう書く。

「吉田さんたち現場の人間が立っていたのは、自分だけの『死の淵』ではなく、日本という国の『死の淵』だったのである」

吉田さんは全電源喪失の中で、暴走しようとする原子炉を冷却するには海水を使うしかないと決断し、すぐに自衛隊に消防車の出動を要請して原子炉への水の注入ラインの構築に着手した。 …

吉田さんらしさが最も出たのは、官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェローから、官邸の意向として海水注入の中止命令が来たとき、敢然と拒絶したことである。

しかし、東電本店からも中止命令が来ることを予想した吉田さんは、あらかじめ担当の班長にこういった。

「テレビ会議の中では海水注入中止をいうが、その命令を聞く必要はない。そのまま注入を続けろ」

と。この機転によって、原子炉の唯一の冷却手段だった海水注入は続行され、何とか最悪の格納容器爆発という事態は回避されたのである。
(2013/7/18 18:17 J cast)

海江田通産相(現民主党代表)と対峙する吉田所長(2011年3月27日)
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「日本を救った男」吉田昌郎元所長(東京電力福島第一原発)、がんで壮絶死
「一度現地に来て、現状を見てからモノを言え! 机上のプラン、計画はもうたくさんだ!」

事故対応の最中、東京の本店から電話会議で指示が来ると、時に声を荒らげて抗議し、「東電にもこんな猛者(もさ)がいる」と評された。

「普段は温厚で、電話会議でたまに冗談を言うこともあった。しかし、議論が煮詰まってくると、本店の社長、副社長を相手に一歩も引かなかった。とくに現場作業員の危険や、苦労を理解していないと思われる発言には、猛然と反発した。『政治家も会社幹部も、ここ(福島第一)に一日でも泊まって、現場を見てからモノを言え』と言っていました。多くの部下が、『事故が起こったときに、吉田さんが所長だったことが不幸中の幸いだった』と話していた」(東京電力社員)…

すべてが後手後手に回った事故対応で、吉田氏らが土壇場で発案したマニュアルにない対応策が功を奏した。

消防車を使って、高圧の原子炉内にムリヤリ注水を続けることでなんとか「最悪の事態」を免れたし、所員の乗用車のバッテリーをかき集め、直列につないで非常用電源を作ったことで、原子炉の弁を開放、減圧することに成功した。

なにより、吉田氏自身が、「何度か死を覚悟した」という地獄のような現場で、東京電力や協力会社の作業員をまとめ上げたことは、称えられていいだろう。…

'12年7月、合計4時間半にわたって吉田氏に最後のインタビューをしたノンフィクション作家・門田隆将氏はこう話す。

「体調はどうですか、と聞いたら、『門田さん、まるで魚の開きだよ』とおっしゃった。食道がんのために脇のほうから胸を開いて肋骨を切って手術されたことを、そう表現されたんです。『食道がんの手術って、傷がすごいんだよ。大変だった』と言って、ガハハと豪快に笑っていた。8月に3度目のインタビューをする予定でしたが、その直前の7月26日に脳出血で倒れました。

部下に対する思い入れが強く、福島を離れるときは『絶対に帰ってくるからな』と涙の別れをしたのですが、叶わなかった。多くの部下が吉田さんでなければ、事故拡大は防げなかった、と言っていました。彼の存在によって日本が救われたと言えると思います」
(「フライデー」2013年7月26日号)


津波によって原子炉の冷却装置が破壊され、原子炉内では核分裂が止まらなくなり、冷却水が沸騰して水面から出た核燃料棒が溶け出している状態(だということは、あとでわかった)。吉田所長は長年の経験と直感から事態を察知し、消防車を使って炉内に海水を注入する準備を進めていました。

そこに、東電本部からテレビ電話を通じてストップがかかります。

「海水注入はやめろ、というのが総理の意向だ」

東京電力本店に乗り込んでいったのが内閣総理大臣・菅直人。

東工大の応用物理学科卒の菅直人は、生半可な知識から、「海水を注入すれば臨界が起こる(核分裂が止まらなくなる)」と思い込んでいたようです。このときの菅直人が完全に理性を失っていたことについては、たくさんの証言があります。

菅直人に冷却装置に関するレポートを提出したあと、菅と電話で話した佐賀大元学長の上原春男氏(佐賀大元学長)の証言。

菅「あなたの書いたレポートには目を通しましたが、技術的に理解できない」
上原「技術的に分からずとも、やる決断はできるでしょう。イエスかノーか、決めてください」

「異変が起こったのはそのあとです。菅さんが、舞い上がってしまった。私に厳しく言われてカッとなったようで、突然何事かわめきだしたんですよ。ヒステリックというものを通り越して、ちょっと尋常ではない感じでした。日本語でもフランス語でもないような言葉を、早口で延々わめいているんです。ショックでした。日本の総理大臣がこんなことになっているなんて思いもよらなかった」

東電に乗り込んだ菅直人は聞く耳を持たずどなり散らし、委縮した東電幹部(こいつらもクズ)は吉田所長に、海水注入中止を命令します。

吉田所長が「組織の論理」に従って命令通り海水注入を中止していれば、格納容器の連鎖爆発――チェルノブイリ原発事故の10倍の核災害が発生し、東日本に住む5000万人が住む場所をなくしていたのです。

 「テレビ会議の中では海水注入中止をいうが、その命令を聞く必要はない。そのまま注入を続けろ」 

という吉田所長のセリフは、このときのものです。

会社でも、官庁でも、組織の中に長くいると組織防衛の論理が働き、公益よりわが社の利益、国益より省益のため動く人間が多数派になります。帝国陸軍は対中戦争にのめりこみ、帝国海軍は対米戦争を挑発し、いずれも組織防衛のため四方八方を敵にして、日本を亡国に導きました。この間、陸海軍の間では意思疎通がほとんどなかったのですから話になりません。

同時に、組織がどんなに腐っていても、現場で戦う末端の兵士たちの勇気と責任感の強さ、彼らを率いる下士官たちの勇猛さは、ジューコフが告白した通りです。この精神は、敗戦後の日本の企業戦士たち、官僚たちにも受け継がれています。

日本を支えてきたのは、こういう名もなき人たちです。

********************

1999年、中央アジアのキルギスで金鉱の調査を行っていた日本人技師ら4人が、イスラム原理主義組織――ウズベキスタン・イスラム運動のメンバーに誘拐されました。

ウズベキスタンの日本大使館の高橋博史参事官は現地へ飛び、通訳なしでイスラム運動の幹部と直接交渉を行いました。

高橋氏は拓殖大学卒。語学力で外務省に採用されたノンキャリアの職員だっため、東大卒で国家公務員試験をパスしたキャリア職員から白い目で見られます。外務省本省のキャリア官僚たちは、キルギス政府(アカーエフ政権)を通じた交渉を優先しますが、情報収集能力がないためキルギス政府の言いなりになり、情報提供料(何だそりゃ?)として3億円を要求されました。

結局、小渕内閣の野中官房長官(←超ド級国賊)は官邸機密費から3億円を支出。人質は解放されましたがこのカネはアカーエフ政権が着服。2005年の革命でアカーエフ政権が倒れたため、すべてが明るみに出ました。

キルギス日本人人質事件の真相

このとき、高橋氏を支えて本省に抵抗したのがウズベキスタン駐在日本大使だった中山恭子さんです。旧大蔵省(現財務省)の官僚OBで、退官後ウズベキスタン大使に任命されていたのです。
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このあと小泉政権下で拉致問題担当の補佐官に抜擢され、小泉訪朝に随行。拉致被害者5人の帰国を実現しました。
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このときも外務省を仕切っていた田中均アジア太平洋局長が、
「5人は一時帰国、また北朝鮮に戻す、というのが北との約束だ」
と主張したのに対し、
 「5人は日本に帰国します。北には戻しません」 
と筋を通したのが中山恭子補佐官でした。

もし田中均の主張が通って5人がピョンヤンに戻されていたら、
「私たちは将軍様のふところに戻ることができて幸せです」
と、ヤラセの記者会見をさせられたことは目に見えています。

中山恭子さんも、サムライだと思います。

その後、参議院議員に当選。自民党→立ち上がれ日本→日本維新の会、と所属政党は変わりますが、一貫して私心なく国益に殉じる活動をされてきました。御主人の中山成彬(なりあき)衆院議員も旧大蔵省出身の国士です。

中山恭子さんは、今回の参院選では比例区で出馬されています。


73歳とご高齢ですので、今回が最後かもしれません。

参議院選挙の比例区は、政党名でも立候補者名でも投票できます。

私は期日前投票を済ませました。

私は、自民党支持でも維新支持でもありません。河野洋平や加藤紘一は自民党ですが、あの連中には絶対に投票したくありません。維新の掲げる道州制や一院制には反対です。

しかし今回は、安倍政権を長期政権にしたいという立場から、選挙区は自民党の候補に、また比例区は、中山恭子さんに投票しました。

今回から「ネット選挙」が解禁され、個人ブログで特定の候補者を支援してもよいことになりましたので、あえて書きました。選挙権のある方は、参考にしていただければ幸いです。

********************

おまけ

吉田元所長死去で菅元首相、ネット上で大暴走
菅直人元首相のインターネット上での暴走が止まらない。東京電力福島第1原発の吉田昌郎元所長が死去した際には、10日付のブログで「吉田所長の死を惜しむ」と題しこう書いた。

「吉田所長は東電上層部の意向に反して独断で海水注入を継続した。英断だ」

平成23年3月12日、水素爆発した1号機への海水注入をめぐり、「菅首相の了解が得られない」と中断を求めた東電本店の指示に逆らい、独断で注水を続行した吉田氏を称賛している。

ここまでは尋常だが、この後は文章の趣旨が追悼からずれ、自己弁護と他者攻撃へとどんどん傾く。

「当時安倍晋三氏(現首相)は『海水注入を止めたのは菅総理。即刻辞任しろ』とメルマガで私への辞任を迫った。東電本店のウソの情報を振りかざして、原発事故までも政争の具にしようとした」

また、菅氏は関連して10日付のツイッターではこうも記している。

「海水注入問題では東電が自分たちの判断を官邸の判断とすり替えた」「私を含め官邸の政治家は海水注入は当然と考えており、誰も中止を指示していない」

菅氏は6日付のブログでも「安倍総理の大陰謀」と題し、安倍首相が「東電から頼まれて」でたらめの情報を発信したため、「菅降ろし」が起きたと訴えた。同様に11日には「ネットを利用した安倍晋三総理の巧妙な名誉毀損(きそん)」と書くなどボルテージを上げた。

ただ、東電と安倍首相が陰謀の共犯者であるかのように決め付けたにもかかわらず、根拠は示さない。あまりにためらいのない筆致には、「この人は大丈夫だろうか」と心配になる。

実際のところはどうか。事実関係をたどると、東電本店が吉田氏に海水注入中断を求めたのは、菅氏自身が「再臨界」に強い懸念を見せたからにほかならない。官邸で一部始終を目撃していた関係者は、「速やかな海水注入を求める専門家らに対し、菅氏はこう怒鳴っていた」と証言する。

「海水を入れると再臨界するという話があるじゃないか。君らは水素爆発はないと言っていたじゃないか。それが再臨界はないって言えるのか。そのへんの整理をもう一度しろ!」

23年5月31日の衆院震災復興特別委員会では、菅氏自身がこう答弁している。

「水素爆発の可能性、再臨界の可能性、そして塩が入ることによるいろいろな影響。そこにいた専門家のみんなに、そこも含めて検討してみてくださいと…」

当時、原子力安全・保安院や東電が、官邸政治家から「指示なく勝手なことはするな」と厳命されていたのは周知の事実だ。菅氏に「整理」「検討」と言われたら、どう受け止めるか。

官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェロー(当時)が、菅氏の反応を見て第1原発の吉田氏に電話で「止めろ。官邸がグジグジいってんだよ」と中断を求めたことまで「東電の判断」と言い張る菅氏の主張は無理がある。

海水注入続行はあくまで吉田氏の独断による「結果オーライ」にすぎない。菅氏の「意向」がそのまま実行に移されていたら、1号機はどうなっていたことか-。結果は想像したくない。(政治部編集委員)【阿比留瑠比の極言御免】(2013.7.12 11:35 産経)


菅元首相が安倍首相を提訴 原発事故めぐり「メルマガで中傷記事」
民主党の菅直人元首相は16日、国会内で記者会見し、東京電力福島第1原発事故をめぐり、安倍晋三首相が「菅総理の海水注入指示はでっち上げ」と題したメールマガジンを配信し、現在もネット上で掲載しているのは名誉毀損(きそん)だとして、安倍首相に対し、該当するメールマガジンの削除と謝罪を求め提訴したことを発表した。

安倍首相のメールマガジンは平成23年5月20日付配信。首相は「東電はマニュアル通り淡水が切れた後、海水を注入しようと考えており、実行した。しかし、やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だった」と記載。その上で「海水注入を菅総理の英断、とのウソを側近は新聞・テレビにばらまいた」としている。菅氏は「内容は全くの虚偽の情報に基づく。私の名誉を著しく傷つける中傷記事だ」と述べた。
(2013.7.16 14:48 産経)


私は、このブログで特定の個人を誹謗することは避けてきましたが、菅直人元首相に対してだけは、はっきりとこう申し上げることができます。

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この外道が、地獄へ墜ちろ! 






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この記事へのコメント

hitto
2013年07月21日 22:44
現行法の扱いだと自衛隊や海上保安庁は軍隊ではないという風になっていますが、その場合もし彼らが拘束され、「捕虜」という立ち位置になった場合、捕虜に関する条約はこれらに所属する隊員に適用されるのでしょうか?
管理人
2013年07月22日 00:21
同盟国なら自衛官を兵士として扱ってくれます。

しかし自衛隊員を拘束するような国は敵国ですから、武装民間人(ゲリラ)と見なして処刑する可能性もあります。どうなるかは相手次第ということです。
おうる、
2013年07月22日 23:55
先生すいません
ユーロ市場について今調べていたのですが
資金運用者にとってユーロ市場での金利は高く、調達者にとってコストが低いというのはどういう意味でしょうか?
資金運用者と調達者の違いもいまいちわかりません。解説お願いします。
管理人
2013年07月23日 00:47
金利が問題になる金融商品は、債権(国債・社債)です。運用者も、資金調達者も、金融機関(証券会社・銀行)となります。

資金調達というのは、資金を外部から得ることで、A社が株式や社債を投資家に買ってもらう直接金融と、一般投資家の銀行預金を銀行がA社の株式に投資して運用する間接金融があります。運用する場合には、高金利のほうがたくさん儲かります。金利を決定するのは、中央銀行です。

外国から資金調達する場合、自国通貨に対して資金調達先の通貨が安いほうが、当然、安上がりになります。

ギリシア危機以来のユーロ危機によってユーロ安が続く一方、財政破綻の危険がある南欧諸国は、国債を買ってもらうため金利をどんどん引き揚げています。

よって資金調達には低コスト、運用には高リターンとなりますが、高リスクであることも忘れてはなりません。

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