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zoom RSS 麻生副総理のミャンマー訪問

<<   作成日時 : 2013/01/08 01:55   >>

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麻生副総理兼財務相が第2次安倍政権の閣僚として初の外遊

ミャンマーのテイン・セイン大統領と会談
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日本はミャンマーに対する最大の債権国です。返済困難になっている5000億円のうち3000億円を放棄し、新たにティラワ経済特区建設のため500億円の円借款を供与する予定です。



麻生副総理、ヤンゴン近郊のティラワ経済特区を視察
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ミャンマーの人件費は、中国沿海部の5分の1です。スズキ自動車が2015年までに自動車組み立て工場を建設します。中国を脱出した日本企業が、続々とミャンマーへ向かっています。
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東京ドーム500個分のティラワ経済特区 今はまだこういう状態
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麻生副総理、ヤンゴン近郊の日本兵墓地を参拝
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麻生氏がミャンマーで日本人墓地を訪問、現地の中国人が抗議
ミャンマーを訪問中の麻生太郎副総理兼財務相が4日、第2次大戦で亡くなった日本軍の兵士たちが埋葬されている日本人墓地を訪れたことが、現地に住む中国人や華僑の怒りを買い、抗議が起きる事態に発展した。

麻生氏はヤンゴンの郊外にあるひっそりとした日本軍の墓地を選び、墓地参拝の情報も公にはされず、計画は極めて秘密裏に進められていた。最終スケジュールは前の晩に初めて確定した。

墓地参拝の情報が明らかになると、一部の中国人や華僑は同墓地を訪れ、抗議の意を示した。抗議活動を行う人々に混じって、反対の声を上げる抗日戦争の元遠征軍の兵士である95歳の劉大江氏は、「日本が他国を侵略した歴史を、我々東南アジア諸国の人々に大きな災難をもたらした歴史を、認めないことに抗議したい。95歳のこの歳になっても、私は抗議することをやめない。日本人は反省することを知らない。東南アジアの人々がどれだけの被害を被ったかをきちんと直視するべきだ」と声を大にして話していた。

抗議をする人々に気づいた麻生氏一行は、すぐさま参拝を止め、いそいそと墓地を後にした。
(中国網日本語版チャイナネット 2013年1月5日)

中国CCTV「麻生が訪緬、日軍墓地を参拝、抗議にあう」
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動画で見る限り、抗議しているのは5人+1人ですね。動員、ご苦労様です(笑)

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※これまで私は、軍事政権が採用した「ミャンマー」という国号を避け、「ビルマ」と表記してきましたが、テイン・セイン政権が民主化に踏み切ったので、「ミャンマー」を使うことにします。

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ミャンマー独立の父であるアウン・サン将軍は、日本陸軍の工作員である鈴木大佐の支援を受け、タキン党を率いて日本軍とともに英軍を撃退しました。


日本軍の敗北が明らかになると、アウン・サンはイギリス側に寝返る代償として戦後の独立を認めさせますが、独立直前に非業の最期をとげます。

関連記事 マレー沖海戦とアウン=サン

独立後のミャンマーは、アウン・サンとともに戦ったネ=ウィン将軍らタキン党の同志たちによって統治されましたが、国内には100以上の少数民族を抱え、タイ国境のシャン族、カレン族が武装闘争を始めます。歴史的にもタイと対立関係にあるミャンマーは、王政を守るため米国の支援を受けるタイ王国とも、ビルマ共産党を支援する中国とも対立、ネ・ウィンは独自の社会主義政策を採用し、一党独裁の鎖国体制を敷きます。ミャンマー軍政の始まりです。

しかし計画経済は国民の勤労意欲を奪い、経済は低迷を続けました。

冷戦末期、1988年8月8日に軍政に反対する民主化運動(8888民主化運動)が起こり、ネ・ウィンは退陣。このとき民主化運動の指導者として注目されたのが、アウン・サン将軍の娘、アウン・サン・スーチーでした。
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イギリス留学を経て国連職員となり、イギリス人と結婚していたスーチーは、軍政に反対する国民民主連盟の指導者となり、90年の総選挙で圧勝しましたが、軍事政権は選挙結果を認めず、スーチーを自宅軟禁に(建国の父アウン・サンの娘なので殺せない)。

2006年、軍事政権のタン・シュエ議長は沿海部の旧都ヤンゴン(ラングーン)から中部の新都ネピドーへ遷都。民主化運動が繰り返された旧都を嫌い、軍事政権の強化を図ったものと推測されました。

ネピドーで閲兵するタン・シュエ議長。
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背後の巨像は、ミャンマーの3人の英雄。パガン朝の建国者アノーヤター、トゥングー朝中興の王バインナウン、コンバウン朝の建国者アラウンパヤー。

2007年には民主化を求める僧侶のデモ隊が軍と衝突。日本人カメラマンの長井健司さんが犠牲になりました。
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欧米諸国は、スーチーを釈放しないミャンマー軍政を非難し、経済制裁を発動。追いつめられたミャンマー軍事政権に急接近したのが、中国でした。

中国がミャンマーに接近するのは、インド洋への出口を確保するためです。中東から中国沿海部への石油や天然ガスの輸送ルートは、マラッカ海峡を通過します。ここを米軍に封鎖されたら、中国経済はおしまいです。そこで「裏道」として、パキスタンから新疆ウイグル自治区に抜けるルートと、ミャンマーから雲南省の昆明に抜けるルートを開発中なのです。これはかつての「援蒋ルート」の復活です。
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パキスタンとミャンマーを、中国の経済支配下に置くことは、仮想敵国であるインドを包囲するという「真珠の首飾り」戦略の一環でもあります。

ところが、中国に接近しすぎた結果、ミャンマー中部のマンダレーには人口の4分の1を占めるほど大量の中国人が流れ込みます。エーヤワディー川上流には中国資本でダム建設が始まりますが、中国企業は中国人労働者を送り込むため現地人の雇用は増えず、住民の強制立ち退きが行われ、自然破壊も深刻化。しかも、ダム完成後は電力のほとんどが中国へ送られるという計画に、住民が反発。このあたりは少数民族カチン族の居住区なので、分離独立運動にも火がつきます。

民族運動・民主化運動抑圧⇒欧米からの経済制裁⇒中国に接近⇒民族運動・民主化運動の激化…という悪循環の中で軍政最後の指導者タン・シュエ議長が引退(2011)、後継者となったのが改革派のテイン・セイン大統領です。

テイン・セイン(左)とタン・シュエ
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テイン・セイン(登盛)は華人出身の軍人でタン・シュエの側近だった人物。当初は、引退したタン・シュエの傀儡(かいらい)と見なされていましたが、驚くような政策転換を矢継早に打ち出します。

2010年11月 総選挙実施、テイン・セインの与党が8割の得票で勝利。
 ⇒アウン・サン・スーチーの自宅軟禁を解除。
2011年11月 政治犯6000人以上を釈放。
 ⇒スーチーの国民民主連盟(NLD)の政党登録を認める。

2011年12月 米国のヒラリー・クリントン国務長官が訪問。スーチーと面会。
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2012年4月 テイン・セイン大統領と会見するスーチー。背景にアウン・サン将軍の肖像。
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2012年11月 オバマ大統領が訪問。スーチーと面会。
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「中国・韓国しか見えない」日本の民主党政権は、このミャンマーの激変に何も対応しませんでした。今回、安倍自民党政権が発足し、「自由と繁栄の弧」という中国包囲網を外交戦略としてきた麻生副総理が、初の外遊先としてみずから選んだのがミャンマーでした。


日本がミャンマーに接近、形成されつつある中国包囲網
日本の副総理・財務省・金融担当相の麻生太郎氏がミャンマーを訪問し、両国の経済・貿易などの協力関係を強化することを表明し、工業・司法・投資・文化・体育・電力・教育・医療・ヤンゴン市の交通インフラなどの提携について協議した。麻生氏はまた、日本がミャンマーと共同開発するティラワ経済特区を視察した。

麻生氏は今回多くの課題を抱えてミャンマーを訪問した。1つ目の課題は日本のミャンマーに対する大規模投資で、中国からの産業移転の準備をしている。2つ目の課題は安倍氏のミャンマー訪問前の下準備で、日本・ミャンマーの戦略的パートナーシップを強化する。麻生氏の訪問はまさに一石二鳥の効果を生み、念入りな心配りと言える。

軍政府による統治期間、ミャンマーは中国の「裏庭」とも呼べる存在だった。中国はかつて、ミャンマー最大の海外投資国であった。しかしテイン・セイン大統領が米国への歩み寄りを決めると、中国の対ミャンマー3大投資プロジェクトに2つの問題が生じた。1つ目は36億ドルを投じたミッソンダムの開発中止、2つ目は10億ドルを投じた銅山の開発中止だ。

また、ミャンマー軍の戦闘機はこのほど、カチン武装勢力への攻撃を口実に中国の領空内に侵入し、雲南省の民家を爆撃している。まさにこの時に日本が隙に乗じてミャンマーに進出したのだ。

2011年から12年にかけて、日本とミャンマーの2国間貿易総額は8億2200万ドルに達し、前年度より6割増となった。日本政府はまた日中関係が緊張状態を持続していることから、対中投資をミャンマーなどの東南アジアにシフトする方針を固めている。これは日本の投資リスクを引き下げ、東南アジア諸国を援助し、日米主導の中国包囲網に加わらせることを目的としている。


ミャンマーは当時、英国の植民地支配に抵抗した。アウンサンスーチー女史の父、アウンサン将軍は日本軍の力を借りていたため、日本と密接な関係を持つ。アウンサンスーチー女史は父の後を継ぎ、ミャンマーの政界に復帰しており、日米などの勢力を抱き込もうとしている。安倍政権もこれに積極的に応じ、ミャンマー回帰により中国包囲網を形成しようとしている。両国は戦略的合意に至った。

日本がミャンマーで根を下ろした場合、中国の国境地方の政治環境が著しく悪化するだろう。日中が尖閣諸島(中国名:釣魚島)問題で武力行使した場合、日本はミャンマーとともに中国の西南地区を脅かし、フィリピンやベトナムが南シナ海で問題を起こすことを促し、中国を四面楚歌の状態に陥らせることができる。また日本はASEAN各国に積極的に働きかけ、共同で中国に対抗するよう説得を進めている。日本は今後、ASEAN+3(日中韓)において、中国を排斥するよう呼びかけるだろう。

中国は現在も依然として、ミャンマー政局の発展を静観しており、思い切った手段を講じていない。事態の悪化を放任すれば、かつて中国の「裏庭」であったミャンマーが、中国対抗の最前線になる可能性がある。
(2013/01/05 中国網日本語版チャイナネット)


「安倍首相、東南アジア3か国訪問で調整」
安倍総理大臣は当初、総理になって初めての外遊先として、早ければ今月にもアメリカを訪問したい意向を示していました。外務省の河相事務次官は日程調整などのため、7日、アメリカに向けて出発しましたが、総理の訪米は来月にずれ込む公算となっています。

こうしたなか、今月下旬に召集される見通しの通常国会の前に、安倍総理がまずはベトナム、タイ、インドネシアの東南アジア3か国を来週末から訪問する方向で調整していることがわかりました。

ベトナムとインドネシアの首脳とは総理就任直後に電話会談をしていて、中国を念頭にしたアジア周辺国との連携を深める狙いがあります。(1月07日17:51 News i)


麻生閣下、Good Job! 

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
もぎせか 授業ノート第2次世界大戦後がなくなっていてダウンロードができません。再アップしていただけないでしょうか?
katuo
2013/01/08 17:26
「第二次大戦後」ノートを再アップしました。ご利用ください。
管理人
2013/01/09 00:11
論述対策の戦後史の15の解答例がありません(^^;
お忙しいかとは思いますが対応お願いします
名無し
2013/01/11 02:45
戦後史15の解答例をつけました。ご利用ください。
管理人
2013/01/11 04:56
来年高3で先生の通年を取りたいのですが、お茶の水東大集中しかなくて、一橋志望なんですけど、大丈夫でしょうか?
名無し
2013/01/13 18:13
通年テキストは共通で、一橋や私大の論述も含んでいます。小論述レベルまでは東大も一橋大も共通ですので、あなたが東大クラスを受けても問題ありません。東大か一橋大か絞りきれてない学生もたくさんいます。

ただし、夏・冬の講習会は一橋対策を受講してください。東大対策では東大独特の600字大論述を扱いますので、一橋志望者には向きません。
管理人
2013/01/13 18:52
冬季講習で茂木先生の世界史を受けた高2です。
正直私は世界史が嫌いでした。でも受験では世界史が必須なので、いやいややっていました。
しかし、先生の授業を受けて初めて世界史が楽しいと思いました。勉強が楽しいと思ったのは始めてかもしれません。
勉強頑張ります。
受験が終わったら、9.11のペンタゴンの話、誰にも言わないので教えてください!
あと、受験が終わったら、政治とか経済とか先生のブログで勉強します。
ななし
2013/01/13 21:31
ありがとうございます。私も励みになります。

実社会とつながらない「勉強」はつまらないものです。古代史でも、中世史でも、何か今の世界とつながる部分はあるのです。それを理解することが、歴史を勉強する意味だと思います。がんばってください。
管理人
2013/01/13 22:53

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